尾久駅〜あらかわ遊園〜名主の滝〜音無親水公園〜石神井川遊歩道〜上板橋宿〜新板橋駅
参考資料:東京山手・下町散歩(昭文社) コース5,4,2,3



今回もワンパターンで東京ポタリング。
今回でようやく、首記参考資料の約半数のコースを走ったことになる。

宇都宮線・高崎線の尾久駅まで輪行し、
首記参考資料の「コース5  リバーサイドウォーク 隅田川・あらかわ遊園」を開始。
まず、あらかわ遊園に行く。
1922年開園の「あらかわ遊園」は、このとき行った浅草の「花やしき」と並び、
小規模ながら根強い人気を誇る老舗の遊園地だ。
早朝で開園前なので、外から撮影した。

かつてこの付近にはレンガ工場があり、レンガ塀が残っている。
隅田川に沿って上流に進む。
川の近くには高層団地が多い。

自転車置いて高層団地の写真を撮影し、自転車に戻ると、
知らない人が自転車を怪訝そうな顔で見ていた。
近づくと、「golgoさんですか?」と声を掛けられた。
話を聞くと、Yahoo自転車掲示板にときどき投稿しているPちゃん♪(名前は知っていた)だった。
取材中に声を掛けられたのはこのときのtakaさん以来だ。

去年?開店した美容室にこれから出勤で、
土日は仕事なのでなかなか自転車のオフ会に出れないとのこと。
また自転車はロード,MTB,折りたたみのMR-4の3台を持っているそうだ。
10分ほど話をして別れ、先に進む。

隅田川沿いのカミソリ堤防(切り立っていて、川が見えない堤防)は、
徐々にスーパー堤防に変わりつつある。

東十条駅まで行き、参考資料の「コース4  江戸名勝探勝 飛鳥山・名主の滝」を開始し、
富士塚の一つ十条富士、篠原演芸場などを撮影する。
名主の滝公園は、園内の橋が工事中のため、残念ながら滝と川の水がストップしていた。
なお、本コース最後の飛鳥山公園はこのとき取材したので割愛した。

続いて参考資料の「コース2  リバーサイドウォーク 石神井川」を開始。
(なお、東京の川の散歩のHPがここにある)。

王子駅付近の音無親水公園から、石神井川沿いの遊歩道を遡る。
この川は以前は蛇行していたが、直線状に改修され、
旧河川部分を利用して緑地や公園、釣堀が作られている。
途中、石神井川が旧中山道と交差する部分に架かっている橋は
板橋区の語源となった「板橋」だ。

最後に、東武東上線ときわ台駅から、参考資料の「コース3  街道を歩く 川越街道旧道」を開始。
旧川越街道を走り、下板橋宿を通過する。
さすがに、宿場の痕跡は標識や神社などにわずかに残る程度だ。
なお、板橋宿の史跡についてはここここ(←音が出ます)を参照。

全長500m以上のアーケードが続く、大山駅付近のハッピーロード大山を通過。
ここも旧川越街道だ。

途中から旧子易街道を走り、富士塚の一つ、氷川神社の池袋富士を撮影。
都営三田線の新板橋駅から輪行した。

宇都宮線・高崎線の尾久(おく)駅。
先頭(埼玉側)の車両に乗っていたが、
改札がホームの東京側の端にあるため、
写真の一番向こうからこちらまで
輪行袋を担いで歩くはめになった。
1922年開園の老舗、あらかわ遊園(ここここ)。
昭和24年から使われてきた
都電の「一球さん号(6000型車両)」の
最後の1台(ここここ)。
船方神社にあるレンガ造りの神輿(みこし)庫。
あらかわ遊園一帯には
かつていくつかのレンガ工場があり(ここここ)、
工場の塀が残っている。
同上。
かつての下野紡績の工場の跡地は、
高層団地や、新聞社の工場(下の写真)に変わった。
日刊スポーツの工場。
読売新聞の工場。
首都高速道路の中央環状線王子線
手前は後で遡る石神井(しゃくじい)川で、
向こうの隅田川に注ぐ。
石神井川の旧河口は公園になっている。
何の変哲もない高層団地だが。。。
上の写真の手前の面と、
窓のある左の面全体に、
左のような文字が書かれている
セメント協会研究所。
隅田川沿いのカミソリ堤防。
高くて川が見えない。
堤防と隅田川。
高層団地が立ち並ぶ。
中央の2つの円弧状の橋げたは単なる飾りか?
スーパー堤防(ここここここ)の工事中。
高層団地を撮影し、
自転車のところに戻ったところ、
Yahoo掲示板のPちゃん♪と遭遇。
 のポーズでハイチ〜ズ♪。
スーパー堤防の部分は快適に走れる。
またまたカミソリ堤防になった。
ワンパターンだが、堤防と隅田川。



















                          

後日撮影。
新幹線・京浜東北線・宇都宮線・高崎線が並行して走る。
富士塚(ここここ)の1つ、十条富士塚(ここここ)。
頂上から下界を望む。
大衆演劇のメッカ、篠原演芸場(ここここここ)。
通りの名も「演芸場通り」。
廃屋か?
京浜東北線沿いの崖にある階段。
昔、王子村の名主畑野孫八が
自邸に開いた庭園、名主の滝公園
残念ながら、橋の工事中のため、
滝(左写真)や川の水がストップしていた。
同上。水の干上がった川。
同上。池には水があった。
王子稲荷神社
王子権現
王子駅近くの
音無(おとなし)親水公園(ここここここここ)。
石神井(しゃくじい)川沿いの遊歩道。
正受(しょうじゅ)院(ここここここ)の
中国風鐘楼(しょうろう)門。
鐘楼門の上部。
石神井川の旧流路を利用した音無さくら緑地(下左写真参照)。
左の写真は、下右の写真の赤の地点から撮影。
吊橋は上下と左右に結構揺れる。

左の地図が明治時代。右が現在(∩部分が緑地)。

黄色は吊橋。
茶色は下の説明の攻撃斜面。

航空写真(下が北)。

上記写真中央の崖が
下の説明にある攻撃斜面(ここここここ)。

攻撃斜面の崖。
説明中の「スケッチの一部」は、2枚上の写真の貝の図。

昔、この付近に松橋弁在天窟というのがあった。
上の絵のカラー版がここにある。











旧陸軍東京第一造兵廠(兵器工場)(ここここ)
の本部だった北区立中央公園文化センター
遊歩道。
石神井川。

加賀前田家下屋敷跡に残る、庭園に築かれた山と思われる小山。

当時の下屋敷の地図。
野口研究所(野口英世とは無関係)。
国立極地研究所。

なお、この付近の緑橋のたもとにモニュメントがあるらしいが、
気が付かなかった。

圧磨機圧輪(あつまきあつりん)記念碑

旧中山道にかかる、板橋という地名の由来になった板橋。
同上。
石神井川の旧河川を利用して作られた氷川つり堀公園
薄い建物発見。
天祖(てんそ)神社(ここここ)。
ちなみにこの神社がある常盤台の
駅の反対(北口)側は、
東武東上線唯一のお屋敷町らしい。
同上。
同上。
派手なパチンコ店。

旧川越街道と下頭(げとう)橋(2つ下の地図の左の橋)。
ここから旧下板橋宿。
(下の地図の上宿の部分)。


上板橋宿概要図とその説明。
上記案内板のあった豊敬稲荷。
上板橋宿で見つけた由緒ありそうな家。
ここによると、三春屋(2つ上の地図の中央にある灰色の家)か。
旧川越街道(写真下の道)と
旧鎌倉街道(写真上方へ向かう道)の分岐。



薄い建物
発見。
川越街道(左)と旧川越街道(右)の分岐にある
薄い建物の三角食堂。
右は川越街道、左のアーケードは旧川越街道。
全長500m以上のアーケードが続く
ハッピーロード大山(ここここ)。
ここが旧川越街道というのは不思議な感じがする。
旧川越街道(左)と子易道(右)の分岐点(ここここ).。
子易神社
氷川神社の池袋富士(登山禁止となっている)。
相撲大会が開かれる土俵。
今日のコースで見かけた豪邸。
同上。

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